和歌山地方裁判所 平成10年(行ウ)14号 判決 2000年12月12日
主文
一 被告らは、和歌山市に対し、それぞれ別紙一覧表中の請求金額欄記載の各金員及びこれに対する同表中の起算日欄記載の日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 主文第一、二項と同旨
2 仮執行宣言
二 被告
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二事案の概要
一 事案の要旨
原告らは、被告らが視察に名を借りた観光旅行の費用を和歌山市から支出させたことが不法行為を構成するから、被告らには和歌山市に対して損害賠償義務があるとして、和歌山市に代位して、被告らに対し、別紙一覧表中の請求金額欄記載の各金員及びこれに対する同表中の起算日欄記載の日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を和歌山市に支払うことを求めた。
これに対して、被告らは、被告らが行った視察旅行は観光ではなく真実視察旅行であったから、原告らが主張する不法行為は成立しないなどと主張して争っている。
二 前提事実
以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠(甲一、二、四ないし七、乙一、二、五の1ないし4、六の1ないし4、七の1ないし4、九の1、3ないし6及び8)及び弁論の全趣旨から容易に認められる事実である。
1 当事者
原告らはいずれも和歌山市内に居住する住民である。
被告P1、同P2、同P3、同P4、同P5、同P6、同P7、同P8、同P9、同P10、同P11、同P12、同P13、同P14、同P15、同P16及び亡P17(以下、以上の一七名をまとめて「被告市議ら」という。)は、いずれも後記本件旅行時において、和歌山市議会弘和クラブ(以下「弘和クラブ」という。)に所属する和歌山市議会議員であった。また、被告P18、同P19、同P20及び同P21(以下、以上の四名をまとめて「被告職員ら」という。)は、右当時、順に和歌山市助役、同市建設部長、同市市長公室広報広聴課長、同市議会事務局次長であった。
2 公金の支出状況等
(一) 被告市議らは、平成一〇年七月七日、和歌山市議会議長に対し、後記本件旅行に関する出張申出をし、そのころ同議長の承認を得た上、同月三〇日、弘和クラブに対して旅費の請求をし、そのころ、弘和クラブの支給決定を経て別紙一覧表中の請求金額欄記載の金員(亡P17も一〇万六六六〇円)を受給した。弘和クラブが行った右金員の支給は、弘和クラブ独自の財源に基づくものではなく、平成一〇年四月、和歌山市補助金等交付規則(甲四)に基づいて和歌山市から支出された調査研究費を原資とするものであり、和歌山市議会市政調査研究費交付要綱(甲五)及び同要領(甲六)並びに同要領7の(6)において準用する「和歌山市非常勤の職員の報酬等に関する条例」(甲七)により行われたものであった。
(二) 被告P20は平成一〇年七月二四日、被告P18及び同P19は同月二七日、それぞれ後記本件旅行に関する出張命令を受け、被告P19及び同P20は同月二九日、被告P18は同月三一日、それぞれ別紙一覧表中の請求金額欄記載の金員を受領した。
被告P21は、平成一〇年七月二二日、後記本件旅行に関する出張命令を受け、同月三一日、別紙一覧表中の請求金額欄記載の金員を受領した。
3 本件旅行
被告らは、平成一〇年八月五日(水)から同月七日(金)にかけて、二泊三日の日程で函館市及び青森市を旅行し(以下「本件旅行」という。)、和歌山市の公金から前記2のとおり受給した金員をその旅費(交通費、宿泊費、日当等。以下「本件旅費」という。)として費消した。
4 本件旅行後の経過
原告らは、平成一〇年八月二四日、被告らへの公金支出が違法であるとして、和歌山市長が被告らからその返還をさせるよう勧告することを求めて、和歌山市監査委員に対し、監査請求を行った。
和歌山市監査委員は、同年一〇月二一日、右監査請求を棄却するとの決定をし、その旨を原告らに通知した。
原告らは、平成一〇年一一月二〇日、本件訴えを提起し、その訴状副本は、各被告らに対し、別紙一覧表中の起算日欄記載の日の前日に送達された(亡P17の訴訟承継人である被告P25、同P26、同P27及び同P28については、亡P17に対して送達されたものである。)。
5 亡P17の死亡とその相続
亡P17が平成一一年三月三〇日に死亡し、同人の妻である被告P25並びに同人の子である被告P26、同P27及び同P28は、相続によって亡P17の権利義務を承継した。
三 争点及びこれに関する当事者の主張
1 本件旅行の実態が視察に名を借りた観光旅行であったか。
(原告の主張)
本件旅行は、青森のねぶた祭りや一般観光客が観光する歴史的建造物等の史跡名勝を中心に見物し、宿泊先でもコンパニオンをあげての宴会や麻雀を行ったことからみて、視察研修に籍口した物見遊山の観光旅行であったというべきである。このことは、民間人であるP22の参加が当初予定されており、P22が参加できなかったために被告P19が参加するなど、この参加者の人選の合理性・必要性には疑問があることや函館市及び青森市の各市議会事務局に送付された調査事項が極めて簡単であったこと、本件旅行中に別行動をとる者(被告P11ら)がいたことなどからも明らかである。
(被告の主張)
本件旅行は、明確な視察研修目的をもって、正当な出張命令権者の承認又は命令のもとに日程どおり実施されたものであり、視察研修そのものである。
本件旅行の主たる目的が「観光による和歌山市の活性化」であったことから、市当局の関係責任者(助役)であった被告P18及び広報広聴課長であった被告P20のほか、建設部長であった被告P19の参加を検討していたのであったが、和歌山市の経済活性化という主目的からして経済人の参加の方がより重要と判断してP22に参加を求めたところ、同人の都合がつかなかったため、次善の策として被告P19が参加することになったのであって、その人選は十分首肯することができる。
およそ視察というものは、実際に目で見て耳で聞いてはじめて十分な成果が得られるものであり、文書による照会をもって代替することはできないから、事前に送付された調査事項が簡単なものであったとしても、それをもって本件旅行の性格を決することはできない。また、被告P11が本件旅行中に別行動をとったのは、体調不良を理由とするのであって、本件旅行の目的・実態とは無関係である。
2 右1が肯定される場合、
(一) 和歌山市長が弘和クラブに対して行った公金支出又は右公金支出を受けて弘和クラブが被告市議らに対して行った本件旅費の支給及び被告職員らに対する本件旅費の支出が違法であったといえるか。
(原告の主張)
被告市議らに対する本件旅費の支給は直接的には弘和クラブからなされてはいるが、それは、弘和クラブの独自の財源によるものではなく、和歌山市からの公金によるものであるところ、その使途は和歌山市議会市政調査研究費交付要綱、市政調査研究費交付取扱要領によって使途が限定されており、しかも、市政調査研究費交付取扱要領は出張経費について「和歌山市非常勤職員の報酬に関する条例」を準用していることからすれば、実質的には和歌山市の支出と同視することができる。したがって、本件旅費の支出が適法であったというためには、本件旅行が「市政に関する調査研究の推進を図るためであったこと」が旅行の目的・実態において必要であり、反対に本来市政調査研究のために用いるべき公金を単なる観光旅行の旅費として支出したのであれば、当然に違法な公金支出というべきである。
同様に、被告職員らへの旅費の支出が適法であったというためには、本件旅行が目的・実態において公務であることが必要であり、反対に旅行の目的・実態において公務とはいえない場合には、右支出は違法な公金支出に当たることになる。そして、被告職員らが一会派の旅行に同行・随行すること自体は公務でなく、弘和クラブの旅行に同行・随行する行政上の必要性が明らかでない以上、本件旅行の目的・実態において公務性は認められないから、被告職員らに対する旅費の支出も違法な公金支出というべきである。
とりわけ、本件旅行の直前である平成一〇年七月二五日には、和歌山市α地区において、夏祭りのカレーに毒物が混入され、多数の死傷者を出した事件が発生したのであるから、本件旅行は平時以上に強く自粛すべきであったもので、右違法性はより一層顕著である。
(被告の主張)
本件は違法な公金支出を理由とするものであるところ、本件において被告市議らとの関係で公金支出といえるものは、和歌山市から弘和クラブに対して交付された調査研究費以外にはあり得ない。しかるに、右調査研究費は、和歌山市長が和歌山市補助金等交付規則に従い、「市政に関する調査研究を図るための経費」として、平成一〇年四月に弘和クラブに対して適法適式に交付したものであるから、何ら違法な公金支出ではない。
また、被告職員らに対する公金支出も、出張命令等所定の適正な手続がなされたことを前提に、所定の手続決裁を経て和歌山市職員等旅費支給条例に基づき支出されたものであって、適法である。
(二) 右(一)が認められない場合に、原告らが、本件訴訟において、次のとおり和歌山市が損害賠償請求権を取得するにもかかわらず和歌山市長がこれを行使しないことが違法に「怠る事実」に該当すると主張することができるか。
右が肯定される場合に、被告らが公金を本件旅行の費用として費消したことが不法行為を構成し、和歌山市は被告らに対して損害賠償請求権を取得し、和歌山市長がこの損害賠償請求権を行使しないことが違法に「怠る事実」に該当するか。
(原告の主張)
原告らは、本件訴訟及びその前段階である住民監査請求において、公金が本件旅行の費用に支出されたことの是非を問うているのであるから、地方自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該行為」であれ「怠る事実」であれ、財務会計上の行為は同一であり、監査請求前置に反することはなく、原告らが「怠る事実」の違法を主張することは何ら妨げられない。
和歌山市は、被告らの一連の行為によって、本来支出すべきでない公金を被告らの観光旅行の費用に支出したことになり、同費用相当額の損害を被ったことになるから、被告らの行為は不法行為を構成し、和歌山市は被告らに対して損害賠償請求権を取得する。そして、和歌山市長は、補助金等の目的外支出が行われた場合には補助金等の交付決定の全部又は一部を取り消すことができるし(和歌山市補助金等交付規則一六条)、取り消した場合には補助金等の返還を請求するものとされている(同規則一七条)ことなどからすれば、右損害賠償請求権を行使しないことは違法に「怠る事実」に該当するというべきである。
(被告の主張)
原告らは、本件訴訟の前に原告らの右主張にかかる「怠る事実」の違法を理由とする監査請求を経由していないから、監査請求前置の原則によって、本件訴訟において右主張をすることは許されない。仮に原告らが本件訴訟で右主張をすることが監査請求前置に反しないとしても、原告らは従前被告らに対して「当該行為に係る相手方」としての請求をしていたのであるから、これを「怠る事実に係る相手方」とすることは請求原因の変更に該当するところ、右変更は出訴期間(監査結果の通知があった日である平成一〇年一〇月二一日から三〇日間)を経過した後になされているから、出訴期間の制限に反したものである。したがって、原告らが「怠る事実」の違法を主張することは許されない。
仮に原告らが本件訴訟で右主張をすることが許されるとしても、被告市議らは、市議会議員として、市政にとって何が必要かつ有用な調査研究であるかを判断するにつき広い裁量を有しているというべきところ、本件旅行は右裁量の範囲内である。また、被告職員らは、本件旅行に同行・随行せよという趣旨の適法適式な出張命令を受けたのであるから、その命令に一見明瞭な形式的違法性がない以上、これを拒むことができない立場にあった。したがって、被告職員らが右出張命令に従って本件旅行に同行・随行したことが違法であるということはできないから、被告らに不法行為は成立しない。
第三争点に対する判断
一 争点1(本件旅行の実態)について
1 証拠(甲九の1ないし5、一〇の1及び2、一四の1ないし17、乙四の5)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件旅行の日程
本件旅行のおおまかな日程は、以下のとおりであった。
平成一〇年八月五日(水)
午前八時五〇分 和歌山城バス駐車場に集合
午前九時二〇分 バスにて関西空港へ向け出発
午前一〇時一〇分 関西空港着
午前一一時〇〇分 全日空四二三便にて函館へ向け出発
午後〇時四〇分 函館空港着
午後〇時五〇分 昼食会場へ向け出発
午後一時一〇分
~午後一時五〇分 昼食
午後二時〇〇分 函館市議会事務局着
午後二時〇〇分
~午後三時〇〇分 口頭説明、質疑応答
午後三時〇〇分
~午後四時〇〇分 施設視察
午後四時〇〇分 函館市役所着
ホテルへ向け出発、投宿
平成一〇年八月六日(木)
午前八時〇〇分 バスにて函館駅へ向け出発
午後九時三〇分 函館駅着
午後九時五四分 特急はつかりにて青森へ向け出発
午前一一時四六分 青森駅着
正午 青森市議会事務局へ向け出発
午後〇時二〇分 青森市議会事務局着
午後〇時二〇分
~午後一時〇〇分 昼食
午後一時〇〇分
~午後二時〇〇分 口頭説明、質疑応答
午後二時〇〇分
~午後四時〇〇分 健康増進センター、三内丸山遺跡等視察
夕食
ねぶた祭り視察
弘前市内のホテルに投宿
平成一〇年八月七日(金)
午前九時三〇分 バスにて出発
弘前市経由
昼食
午後四時四五分 青森空港着
午後五時〇〇分 夕食
午後六時一五分 日本エアシステム五三六便にて関西空港へ向け出発
午後八時〇五分 関西空港着
午後八時三〇分 関西空港出発
午後九時二〇分 和歌山市役所着
(二) 青森市議会事務局への依頼状況等
被告P2は、青森市議会事務局に対し、当初、視察参加者として議員一九名(被告市議ら、P23及びP24)、被告P18、同P20、P22、被告P21及び和歌山市市議会事務局員二名の計二五名(被告P19は含まれていない。)が登載された名簿(甲一四の11)を送付したが、その後、P22を外し代わりに被告P19を登載した名簿を送付した。
和歌山市議会議長が青森市議会議長に宛てて送付した「行政視察について(依頼)」と題する依頼文書(甲一四の8)には、視察事項として「まちづくりの構想について」、「観光行政について」と記載されているが、前者については誤りであったため(函館市議会議長に宛てた依頼文書を流用したために生じた誤りと推認される。)、改めて視察事項として「健康づくりについて」、「観光行政について」と記載された依頼文書(甲一四の9〕を送付した。右両文書とも、視察事項のうち「観光行政について」という点については、「資料のみで結構です。」との括弧書きがなされている。
青森市議会事務局では、和歌山市議会議長からの右依頼を受けて、担当者が平成一〇年七月二二日に(これと右行政視察行程表《甲一四の10》の送付時期との先後は明らかではない。)視察場所の案内等のために行政視察日程表(甲一四の3)を作成したが、そこに記載された行程では、被告らは、午後〇時一五分ころに青森市議会に来庁すると、一時間程の間に歓迎あいさつ及び昼食を済ませ、午後一時一五分には視察場所である健康増進センターへ向けて出発することとなっており、議会での口頭説明及び質疑応答は予定に組み込まれていなかった。
(三) 函館市議会事務局への依頼状況
被告P2は、函館市議会事務局に対しても、当初、視察参加者としてP22が登載された名簿(甲九の3)を送付したが、その後、P22を外し代わりに被告P19を登載した名簿(乙一四の2に添付)を送付した。
和歌山市議会議長が函館市議会議長に宛てて送付した「行政視察について(依頼)」と題する依頼文書(甲九の2)には、視察事項として「まちづくりの構想について」、「観光行政について」と記載されているが、このうち後者については、「資料のみで結構です。」との括弧書きがなされている。
函館市議会事務局に事前に送付された文書(甲九の4、一〇の2)によると、調査事項は、大きく分類して「市の概要について」、「議会の概要について」、「まちづくりの構想について」の三つから成っており、そのうちの「まちづくりの構想について」は「新規事業または特色のある事業について」、「今後の問題点について」の二つに分けられている。
2(一) 被告市議ら作成の復命書(調査内容の報告添付。乙三)及び被告職員ら作成の復命書(調査内容の報告添付。乙八)は、いずれも作成日付が平成一〇年八月一〇日となっているところ、その日に作成されたものだとすれば、本件旅行から戻ったのが同月七日であり、その間の同月八、九日は土曜・日曜であって、後述する内容をも考え併せると、拙速に作成されたとの印象は否めない。また、右各復命書は、いずれもその大半が青森市及び函館市の各市議会事務局から提供を受けた資料(乙二三、三四等)をそのまま引用したものであり、その末尾において若干の感想ないし意見を述べているにすぎず、その作成経緯及び内容は甚だずさんといわざるを得ない。
(二) 同行する職員の人選について不明瞭な点がある。すなわち、前記認定のとおり、当初は民間人であるP22が参加者に名を連ね、後日これが被告P19に代わっているところ、その経緯につき、被告P2本人は、第八回口頭弁論期日(平成一二年六月一三日施行)において、P22は株式会社湊組の代表取締役を務めていたから、講師として視察に同行してもらい、経済的な観点から教示願いたいとの意向のもと、同人の参加を検討していたが、同人の日程調整がつかなかったため参加には至らなかった、本件旅行は都市景観という点もテーマに盛り込まれていたから、建設部長という立場にあった被告P19に対しても参加を求めていたのであって、P22が参加できなくなったため急きょ代役にしたわけではない旨供述し、併せて、第六、七回口頭弁論期日(平成一二年五月九日、同月三〇日各施行)にその旨の供述をせず、陳述書(乙一〇。平成一二年五月八日付け。第六回口頭弁論期日に提出。)にも記載しなかった理由について単に失念していたためである旨述べるが、P22も被告P19もそれぞれの立場上本件旅行への参加が望ましいとして両名に対して参加を求めながらも、参加人数の関係からP22か被告P19のうち一人と考えていたというのは必ずしも合理的とはいえないし、本件訴訟が提起され、自らが被告という立場におかれたのであるから、本件訴訟で問題とされている本件旅行に関する記憶を喚起する機会はあったと考えられ、単に失念していたとは信じ難い。そして、函館市及び青森市の各市議会事務局に対して、P22が和歌山市職員であるかのごとき体裁の名簿(甲九の3、一四の11)を送付していることをも併せると、民間人のP22が講師として本件旅行に参加を求められたとの被告P2の右供述は到底信用できず、P22は単なる参加者として本件旅行に同行することが予定されていたものと考えられる。
3 以上から、本件旅行の実態が視察に名を借りた観光旅行であったと認められるかを判断する。
右の判断に当たり中核的要素となると考えられる本件旅行の日程は、前記認定のとおりであり、その日程上単なる観光旅行との相違を示すものとしては、函館市及び青森市の各市議会事務局による事情説明及び質疑応答が挙げられるが、これらは合計してもわずか二時間程度にとどまっていること、また、本件旅行の成果というべき復命書の記載は、前記認定のとおり、提供を受けた資料の丸写しが大半を占めていること、事前の依頼文書にことさら「資料のみで結構です。」との断り書きが記載されていたずさんなものであったことからすると、当初から実りのある視察を行うというよりむしろ形式だけを整えるためのものといわざるを得ない。前記認定のとおり、青森市議会事務局では、平成一〇年七月二二日当時、議会での口頭説明及び質疑応答を予定していなかったことからすると、同事務局が独自にそのような日程を予定したとは考え難いから、被告らから何らかの働きかけがあったものと推認される。さらには、最終的な行程表(乙四の5)には平成一〇年八月六日の午後一時から午後二時にかけて行われる調査事項には「健康づくり・観光行政について」と記載されているものの、函館市及び青森市の各市議会事務局に送付された行程表(甲九の5、甲一四の10)には「健康づくりについて」と記載されているだけで「観光行政」が欠落しており、このことは、被告らが本件旅行の主眼として掲げる「観光行政に対する視察」という意識の低さを物語るものといわざるを得ない。さらには、前記のとおり、民間人であるP22が単なる参加者として本件旅行に同行することが予定されていたことからすれば、本件旅行が視察であるとは考え難いことをも併せると、本件旅行の実態は、真実視察を目的としたものではなく、視察に名を借りた観光旅行にほかならないと認めるのが相当である。
二 争点2(一)(公金支出の違法性)について
1 本件で問題とされている公金支出のうち、被告市議らと関係するものは、平成一〇年四月に和歌山市から弘和クラブに対してなされたものしか存しないところ、これが違法になされたことを認めるに足りる証拠はない。原告らは、支出された公金が目的外に使用されたことによって公金支出自体が違法になるかのごとく主張するが、本件旅行が観光旅行であったとしても、それによって清算や損害賠償等の問題が生じることは別として、さかのぼって公金支出自体が違法とされる理由はないというべきである。
2 被告職員らに対する旅費の支出についても、これが違法になされたことを認めるに足りる証拠はない。原告らは、前同様に支出された公金が目的外に使用されたことによって公金支出自体が違法になるかのごとく主張するが、本件旅行が観光旅行であったとしてもそれによって清算や損害賠償等の問題が生じることは別として、公金支出自体が違法とされる理由はないというべきである。
3 したがって、この点に関する原告らの主張は採用することができない。
三 争点2(二)(不法行為の成否等)について
1 住民訴訟においては、その対象とする財務会計上の行為又は怠る事実について監査請求を経ていると認められる限り、監査請求において求められた具体的措置の相手方とは異なる者を相手方として右措置の内容と異なる請求をすることも許されると解すべきであるところ、本件訴訟において問題とされているのは、本件旅行の費用として費消された公金の支出であり、この点は監査請求から一貫して異ならないから、原告が本件訴訟において後記のとおり右費用の費消を不法行為として「怠る事実」の違法を主張することは、監査請求前置の要件に欠けるものではないから許されるものというべきである。
被告らは出訴期間の制限違反をも主張するが、右のとおり監査請求と本件訴えとの対象が実質的に同一であるとして、本件訴えが監査請求前置の要件を充たすとされる以上、出訴期間の制限は本件訴え提起時をもって判断すれば足りるのであって、請求原因の変更の時点を基準に判断する必要はないと解されるから、被告らの右主張は失当である。
したがって、原告らが本件訴訟において右のとおりの「怠る事実」の違法を主張することは何ら妨げられないというべきである。
2 そこで、原告ら主張の「怠る事実」の違法の存否について判断する。
(一) 被告らは、前記認定のとおり、視察旅行の費用として用いるべき公金を受領し、およそ公金の使途としては許される余地のない観光旅行に右公金を費消したのであるから、右一連の行為は不法行為を構成すると認められ、和歌山市は被告らに対して損害賠償請求権を取得するというべきである。
被告らは、被告市議らには広範な裁量が認められるとか、被告職員らは適法な職務命令に従ったにすぎないなどと主張するが、視察旅行を実施するか、視察地をどこにするかなどの点において被告市議らに裁量が認められるとしても、市政に関する調査研究には何ら資することのない観光旅行がその裁量の範囲内であるはずはないし、また被告職員らが受けた職務命令はあくまでも視察旅行であって観光旅行ではないのであるから、職務命令の故に違法性が阻却されることはない。したがって、被告らの右主張は採用することができない。
(二) 和歌山市補助金等交付規則(甲四)によれば、和歌山市長は、補助金等の目的外使用が行われた場合には補助金等の交付決定の全部又は一部を取り消すことができ(同規則一六条)、取り消した場合には補助金等の返還を請求するものとされている(同規則一七条)こと、被告らに対して直ちに損害賠償請求を行わないことを正当化する事情が見当たらないこと(弁論の全趣旨)からすると、和歌山市長が被告らに対して損害賠償請求を行わないことは違法に財産管理を怠ったものというべきである。
四 結論
以上によれば、原告らの本件請求は理由があるからこれを認容することとし、原告ら申立ての仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 礒尾正 裁判官 間史恵 裁判官 田中幸大)